神経ブロック療法

神経ブロック療法とは、痛みの部位もしくはその痛みの原因となっている神経やその周辺組織に局所麻酔薬を注入し、痛みをとる治療法です。主に使用する局所麻酔薬は、作用時間が1-2時間と短時間で副作用の少ない非常に安全な薬です。抗炎症作用のあるステロイド剤を少量併用することもあります。局所麻酔薬による神経ブロックには、「痛みを伝える神経(知覚神経)ブロックによる除痛効果」、「血管を収縮させる神経(交感神経)ブロックによる血行改善効果」、そしてこれらの作用に基づく「痛みの悪循環を遮断する効果」があります。(図1)

図1

図2

神経ブロック療法は、単に麻酔をかけて痛みをごまかしているわけではありません。患部に直接薬を注入することにより痛みを遮断し、局部の血流を改善させ、痛みの悪循環を断ち切ることにより、自然治癒力を高め、体を本来の状態(痛みのない状態)に戻してゆきます。神経ブロックを繰り返すことにより、激しい痛みは徐々に軽減し、神経ブロック治療を継続しなくても日常生活が支障なく送れるようになります。すっかり治ってしまうケースも珍しくありません。(図2)

神経ブロックに使用する薬剤と副作用について

主に局所麻酔薬を使用し、状況に合わせステロイド剤や造影剤を併用します。

① 局所麻酔薬
局所麻酔薬(リドカイン、メピバカインなど)は安全性が高く副作用の少ない薬です。局所麻酔薬は一時的に神経伝達を遮断する効果があります。痛みを伝達する知覚神経だけではなく、血管の収縮に関与する交感神経を遮断して血流改善効果をもたらします。

② 副腎皮質ステロイド
局所の炎症を抑えるために水溶性の副腎皮質ステロイド製剤を局所麻酔薬に添加する場合があります。注入するステロイド剤の使用量はごく少量のため、健常な人では問題になることはありません。緑内障や糖尿病などの持病がある方は、少量の使用でも病状を悪化させることがあり注意が必要です。

③ 造影剤
神経ブロック時に投与する薬液が正しい場所に流れてゆくかを確認するために造影剤を使用することがあります。アレルギーのある人は使用できません。

X線透視下神経ブロックと超音波ガイド下神経ブロック

ひと昔前の神経ブロック治療は、体表の目印から目安をつけ、医師の経験と勘により手探りでターゲットに針を刺す治療法であったため、熟練した技術が必要で、技術を習得するにも時間を要し、熟練の医師が施行しても、ある程度の時間と痛みを伴う治療法でした。しかし現在は、X線透視装置や超音波検査装置を使用することにより、リアルタイムの画像を見ながら針先をターゲットへ正確に刺入することができるため、より短時間で苦痛の少ない手技へと進化しています。当院でも、X線透視装置や超音波検査装置を駆使して、安全で苦痛の少ない正確な神経ブロック治療を行っています。

X線透視装置

超音波検査装置

神経ブロックができない人

針刺し行為や治療に極度の恐怖感がある人、血を固まりにくくする(血をさらさらにする)薬を内服している人、出血傾向のある人、糖尿病や高血圧がコントロールされていない人、感染が疑われる人は神経ブロックをすることにより思わぬ合併症が出現することがあり、施行できません。

神経ブロックの合併症

十分な経験を積んだ麻酔科医(ペインクリニシャン)が、細心の注意を払い神経ブロック治療を行うため、重篤な副作用はほとんどありません。まれに以下に示すような合併症が起こることが報告されています。このため、神経ブロック後は、全身状態に変化がないか、一定時間経過観察します。万が一、ショックなどの合併症が起こった場合にも、迅速に適切な対応できるように、酸素ボンベ、点滴セット、輸液製剤、各種循環作動薬、AED、気道確保の準備を常に整えています。

神経ブロック療法のリスクについて

まれに体内に血腫ができて神経を圧迫したり、気道を閉塞したりするような重篤な合併症を誘発する可能性があります。抗血小板薬や抗凝固薬を内服している場合は、血液が固まりにくく、神経ブロックができない場合があります。局所麻酔薬が急激に血管内に注入された場合には局所麻酔薬中毒を発症する場合があります。痛み刺激等により迷走神経反射がおこり、急激な徐脈、血圧低下などが起こることがあります。局所麻酔薬やその他の使用薬剤により急激なアレルギー反応が起こる可能性があります。できるだけ細い針を使用して防止に努めていますが、神経の近傍まで針先を進めるため、まれに神経損傷を起こす可能性があります。神経ブロックは皮膚を厳重に消毒した上で、滅菌した器具を用いて行いますが、まれに針を刺した場所が化膿することがあります。糖尿病を合併するかたは、特に注意が必要です。

各種神経ブロックについて

星状神経節ブロック

星状神経節ブロックは、頚部にある交感神経節に局所麻酔薬を注入し、交感神経を一時的にブロックすることにより、頭部・顔面・肩・上肢・胸部の痛みを改善するだけでなく、体全体の自然治癒力を高める治療法です。
のどの近くにある星状神経節は、脳・顔面・頭部・頚部・上肢などに交感神経の細い神経線維を送る「交感神経の中継所」です。この星状神経節の周囲に局所麻酔薬を注射し、交感神経の働きを一時的にブロックすると、脳をはじめとする支配領域の血行がよくなり、痛みを軽減するだけでなく、さまざまな器官の機能回復を助けます。また、星状神経節ブロック療法は、繰り返し行うことにより、脳の視床下部機能が改善され、自律神経、ホルモン分泌、免疫力(抵抗力)のバランスが整い、自己治癒力が高まり、さまざまな病気の回復を助けるといわれています。たとえば、頭痛治療で星状神経節ブロックを開始したところ、冷え性、疲労感、腰痛、花粉症、耳鳴り、便秘など目的以外の症状も一緒に改善したという報告もあります。
星状神経節ブロックは、熟練の技術が必要な治療です。何らかの原因で注射ができない場合は、同様の効果を期待して、星状神経節近傍への低出力レーザー照射を行う場合があります。
星状神経節ブロック療法について、もっと詳しく知りたい方は、『星状神経節ブロック療法』(著:若杉文吉、発行:マキノ出版)の一読をおすすめします。

硬膜外ブロック

硬膜外ブロックでは、せぼね(脊椎)の中にある硬膜外腔というスペースに局所麻酔薬を注入し、脊髄から出る末梢神経(知覚神経、交感神経、運動神経が一緒に走行している)を一時的に遮断(ブロック)する治療法です。知覚神経を遮断することにより疼痛を緩和し、交感神経を遮断することにより局所の血流を改善します。硬膜外ブロックによる局所血流改善効果は、内服薬や静脈注射では得られない強力なものです。運動神経が遮断されると筋肉が弛緩し、効き目が強い場合は筋肉を動かすことができなくなります。
通常の外来診療では、薬液の濃度や量を調節し、主に知覚神経と交感神経を遮断するようにしますが、多少、運動神経にも影響が出る場合があります。治療後1時間程度は、血圧が変動したり、筋肉の動きが悪くなったりする可能性があり、安静にして経過観察することが必要となります。効果を最大限引き出すために、痛みの部位や障害の部位により、神経ブロックする場所を変え対応します。

トリガーポイントブロック

トリガーポイントとは、痛みの引き金になる筋肉の硬縮部位(帯状のコリコリした硬い部分)のことです。筋肉にかかるストレスが、筋肉に小さなキズを作り、周りの毛細血管を圧迫し、その結果、老廃物や痛みの物質が局所に蓄積し、トリガーポイントを形成します。
『トリガーポイントブロック』では、局所麻酔薬の作用により、一時的に局所の痛みを軽減し血行を改善、筋肉の過緊張を緩和させ、「痛みの悪循環」を断ち切ります。この治療を繰り返すことにより、慢性の痛みや他の治療で効果のない痛みに、絶大な効果を発揮する場合があります。

神経根ブロック

神経根とは脊髄から左右に枝分かれする神経の根元のことで、脊椎の椎間孔という孔から出てきます。神経根ブロックとは、レントゲン透視装置や超音波検査装置を使用し、神経根が椎間孔から出た場所あたりで痛みの原因と考えられる神経根にブロック針を誘導して局所麻酔薬や副腎皮質ステロイド薬を注入する方法です。以前は神経根を直接針で刺すという方法でしたが、強い痛みを伴うため、最近では神経根の周りに薬液を浸潤させる方法が主流になってきています。

薬物療法

通常の痛み止めの薬だけではなく、専門的な薬も使用します。神経痛には抗うつ薬、抗不整脈薬、抗てんかん薬などが効果的で、慢性の痛みには漢方薬も活用します。漢方薬には強い鎮痛効果はありませんが、生体のバランスを保つことにより痛みを軽減する作用があります。

痛みの発生原因、痛みの性状、痛みの持続期間、個々の患者さまの特性を考慮し、それぞれに有効な鎮痛薬を選択してゆきます。代表的な薬剤には以下のものがあります。

NSAIDsは、従来、外傷や手術後など組織の炎症が関与する痛みに広く使用されてきた薬剤です。NSAIDsは胃を荒らしたり腎機能を障害する副作用があるため、胃粘膜の弱い人や腎機能が低下した人への処方は避けなければなりません。また喘息患者さまの中にはNSAIDsの内服によって喘息発作が誘発される場合があり注意が必要です。アセトアミノフェンは副作用の少ない鎮痛薬として、頭痛、神経痛、腰痛症、がんの痛みなどに使用されます。アセトアミノフェンには鎮痛・解熱作用はありますが、抗炎症作用はほとんどありません。生体内で、痛み信号は、末梢神経→脊髄→脳へと上行性に伝達されますが、逆に脳→脊髄へと下行性に痛みを抑制する神経経路(下行性抑制系)もあります。アセトアミノフェンはこの下行性抑制系を活性化することで鎮痛効果をもたらすと考えられています。アセトアミノフェンにはNSAIDsのような胃腸障害や腎障害の副作用はありませんが、肝障害には注意が必要です。腎機能の低下が予想される高齢者には NSAIDs を避け、アセトアミノフェンを使用するほうが安全です。NSAIDs やアセトアミノフェンなどで緩和できない痛みには、トラマドール、ブプレノルフィン(貼付剤)、モルヒネ等のオピオイド鎮痛薬を使用することがあります。ただし、嘔気・嘔吐、便秘等の副作用対策を必ずあわせて行う必要があります。トラマドールは依存性が比較的少ない薬で、アセトアミノフェンとの合剤である配合錠も使用することがあります。オピオイド鎮痛薬は、依存症の問題もあり漫然とした長期投与は避ける必要があります。プレガバリンやミロガバリンなどのCa2+チャネル α 2 δ リガンドは、神経痛の第一選択薬に位置付けられている薬です。神経細胞の電位依存性Ca2+チャネルのα2δサブユニットに結合し、細胞内へのCa2+の流入を抑え、痛みの伝達物質の放出を低下させることにより鎮痛効果を発揮します。
いずれの薬物も眠気、ふらつき、めまいや浮腫を生じうるため、慎重に処方する必要があります。高齢者では、副作用に伴う転倒に注意が必要です。副作用を軽減するために、一般的には、少量から開始し,効果と副作用を観察しながら徐々に増量してゆきます。また、これらの薬剤は腎臓から排出されるため,腎機能の状態を見て投与量を調節する必要があります。

抗てんかん薬は、神経細胞膜のNa+チャネルに作用して神経の異常興奮を抑え、痛み信号の伝導を抑制することにより鎮痛効果を発揮します。カルバマゼピンは、代表的な薬剤で、三叉神経痛に対する特効薬でもあります。稀に重篤な血液の異常,重症薬疹を来たすことがあり注意が必要です。抗うつ薬は、脳内の神経伝達系に作用してうつ病・うつ状態を改善させる効果をもつ薬剤の総称です。神経障害性疼痛をはじめとする慢性疼痛には三環系抗うつ薬(TCA)とセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)の有効性が証明されており、現在広く臨床使用されています。脳内の神経伝達物質であるノルアドレナリンやセロトニンを増加させることにより、脳→脊髄へと下行性に痛みを抑制する神経経路(下行性抑制系)を活性化して鎮痛作用を発揮すると考えられています。一般的には神経痛、慢性腰痛、線維筋痛症などに使用されます。TCAの代表的な副作用は抗コリン作用による口渇、便秘、排尿障害、眼圧上昇、および抗ヒスタミン作用による 眠気、ふらつきなどがあります。これらの副作用は特に高齢者で注意が必要です。不整脈等の心機能障害が起ることがあるので、心臓疾患を有する患者さまにも注意が必要です。SNRIの副作用は、TCAと比較して少ないものの、吐き気、口渇、不眠、性機能障害などが出現する場合があります。種々の鎮痛薬、神経ブロック等どんなに手を尽くしても痛みが緩和しない症例に対し「冷え」をとる漢方薬が有効な場合があります。頚こり肩こりには、葛根湯や桂枝茯苓丸などの駆瘀血剤(くおけつざい)が有効なことが多く、ストレスが関与する痛みには、柴胡剤(さいこざい)(漢方の抗ストレス薬)を併用すると効果的な場合もあります。漢方は疾患の成り立ち,局所の病態、個人の体質や体調などあらゆる側面から方剤を考慮し、最も適したものを使用します。応用の範囲は広く、さまざまな疼痛疾患に効果を示すため、西洋薬や神経ブロックと併せることにより、ときに劇的な効果を生むことがあります。ノイロトロピンは、ウサギの皮膚にワクシニアウイルスを注射し、この時にできる炎症部位から抽出精製した特殊成分を使い、日本で開発された薬です。多くの有効成分によって「痛みを抑える神経」の働きを強め、痛みを和らげる薬と考えられています。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)のように胃腸障害や臓器障害を起こすことはなく、安心して長期使用できる薬です。ノイロトロピンは、特に、慢性の神経痛など、脳が痛みに敏感になった状態で効果を発揮します。ノイロトロピンは、脳→脊髄へと下行性に痛みを抑制する神経経路(下行性抑制系)を活性化することで鎮痛効果をもたらすと考えられています。また、慢性痛、特に神経痛では脳の視床という場所の血流が低下し、それが痛みを強く感じさせる一因とされていますが、ノイロトロピンはその視床の血流を増加させる作用があり、このこともノイロトロピンの鎮痛効果に一役かっている可能性があります。

その他の治療方法について

手術

痛みやしびれのみの症状の場合、一般的には手術することはありません。ただし、急激に発症した痛みに、意識障害、血圧の低下、運動麻痺(足が動かないなど)が合併する場合には、緊急手術が必要なことがあります。

物理療法、電気刺激療法

慢性の痛みや原因がわからない痛み、根本治療できない痛みには、SSP療法、干渉低周波治療、超音波マッサージなどの物理療法が有効です。反復治療が必要であることが多い反面、安全で「痛みを伴わない痛みの治療法」という点で優れています。

心理療法

痛みがあれば不安になるし、気持ちもふさぎがちに。一般に活動性が低下すると痛みは強くなります。痛みの治療には心理的サポートは切り離せません。当院では診療の会話の中に、心理療法(認知行動療法など)のエッセンスなどを存分に取り入れています。

代替治療

マッサージや鍼灸治療も症例によっては効果のある場合があります。神経ブロックを併用することで効果が高まる場合もありますが、場合によっては逆効果になることも。そのため、医師の適切な判断が欠かせません。